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SASANAMI DAYS

近江大津宮にまつわる云々 とか趣味のこと とか

2011年春、近江路0-石坐神社-

古代史のこと-ゆかりの地探訪

クレセントオフ会の集合時間は13時。

10時半に到着した私は、皆さんより一足先に、まずは近江神宮にお参りに行ってきました。

久しぶりでしたのでちゃんとご挨拶せねば(^^)/

京阪石山坂本線近江神宮前駅から近江大津宮跡を通って近江神宮へ向かいますが、あまり変わってないなぁというのが印象。嬉しいような悲しいような。

まだまだ時間がありましたので、さらに京阪膳所駅から徒歩10分ちょっとの西の庄にある石坐神社にもお参り。


祭神は海津見神(石坐皇大神)を主神とし、豊玉比古命、彦坐王命、天智天皇大友皇子、伊賀采女宅子媛を祀っているとのこと。

天智天皇大友皇子、宅子娘の坐像が鎮座されているらしく、一度はお会いしてみたいものです。


ちなみに、石坐神社のすぐ近くに法傳寺というお寺があり、こちらは天智天皇大友皇子の霊牌を祀っています。もとは一乗院円明寺その後滋賀寺と言ったこのお寺は壬申の乱後、近江朝の神霊を祭ることのできた唯一のお寺でした。大友皇子の子、与多王が出家してこのお寺の住職になったということです。現ご住職はその与多王の後裔で、大友姓であることも少し驚きです。

与多王は日本書紀に名前が出て来ないのでなじみが薄いのですが『本朝皇胤紹運録』に名を連ね、大友皇子の祭祀に関してあちこちで名前がでてきます。有名処では園城寺三井寺)の建立なども与多王によるものだそう。母が誰であったのかわからないのが残念。壬申の乱後、なぜ生き残ることができたのか不思議です。阿閇皇子、阿雅皇女とともに調べていきたい人物です。

ともあれ、しばらく近江路を旅する幸せにひたるのでした♪