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SASANAMI DAYS

近江大津宮にまつわる云々 とか趣味のこと とか

2011年春、近江路―木幡―

青旗の 木幡の上を通ふとは 目には見れども 直に逢はぬかも

万葉集に残る倭姫大后の挽歌です。

この歌がどこで詠まれたものなのかはわかりませんが、大津宮か山科あたりでしょうか。ずっと気になっていたんです。木幡。

今回のオフ会の後泊の旅は宇治と決めていたので、山科から一旦木幡で下車。

(正確には、朝一で山科御陵にお参りし、地下鉄東西線にて六地蔵まで行って、京阪宇治線で木幡で下車です)

倭姫の心情にひたりきり……のつもりだったんですが、木幡のあまりの住宅地っぷりに妄想できませんでした↓↓

六地蔵はなかなか良い感じだったんですけどね、残念。

このあたりに許波多神社という名前の神社が2つ存在します。準備不足でたどり着けなかったのですが(要するに道に迷った(泣))、どちらも勅願により中臣鎌足によって社殿が造営されたとしています。

山科から木幡、宇治へ到るこの一帯は鎌足の勢力下にあって天智天皇もよく通っていたのかなぁ、なんて思うのです。だから倭姫大后は木幡にそのみ魂が行き通うのを見たのかなぁ…なんて。

山科(あるいは大津)からはかなり遠く見渡すことができる場所ではありません。なにか関わりがあるんじゃないかと思うんですけど、どうかなぁ。

時間配分的に木幡に時間を割けなかったのですが、次回山科に行く時には再度ゆっくりと訪ね歩きたいと思った木幡周辺でした。