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SASANAMI DAYS

近江大津宮にまつわる云々 とか趣味のこと とか

2011春、近江路―宇治―

古代史のこと-ゆかりの地探訪

実は昨年大学の卒業研究で(注:社会人学生で通信制の大学です)近江大津宮遷都についての研究をしたのですが

その際、大津への遷都は宇治川が深く関連しているのではないかと考えました。

(卒研自体は時間切れで検証するところまで行かなかったのですが(汗))

琵琶湖から、瀬田川宇治川、淀川を名前を変えて大阪湾に流れ出す河川。

当時は途中に巨椋池という湖がありましたので、軍事施設に利用しようとしていたのでは?…なんて考えたのです。

まぁ、そんなわけでとりあえずは行ってみよう、というわけで、やってきました。宇治。


京阪宇治駅を降りてから、のんびりと散策。でもさすがGW。大勢の観光客であふれていました。

世界文化遺産に登録されている宇治上神社を見てから宇治川へ。



もののふの 八十氏河の 網代木に いさよふ波の 行の方知らずも

宇治川の中の島、橘島に柿本人麻呂の歌碑があります。

人麻呂が近江国から奈良に帰る途中、大津宮を偲んで詠んだ歌とされています。

このような歌を残すとは、人麻呂は持統朝で活躍した歌人ですが、大津宮ゆかりの人なんでしょうか。

「もののふの」の「八十(やそ)」あるいは「や(矢)」に掛る枕詞ですが

わたし的には、この辺りにやっぱり軍事施設が~なんて思ったりするわけです。

この日はお天気も良く、しばらく川の流れを眺めながらそんな妄想にふけっておりました(^^;


宇治と言えば一般的には源氏物語宇治十帖。宇治川を私の予想より流れの速い川でしたが、昔の人々はこの川の流れに何を思ったのでしょうか。



あ、写真は取り損ねましたが、宇治抹茶アイスは外せないということで、しっかり食しましたよ(笑)

今回半日しか時間が取れませんでしたので(木幡で迷って時間くってしまったからorz)、平等院とか有名どころをスキップしてしまいましたが、古代の香りが残る(ような気がする)大変良いところで、時間を取ってゆっくりと堪能したいなぁと思わせる地でした。